記事更新の休止 2019年10月24日の記事、初期小説「底流」の(2-5)以来、記事更新を休んで来ました。 「底流」は、柴田哲夫「底流」として原稿完結し、KDP出版を完了しました。 このHPには、他にエッセイ等も収めてありますが、一応の役目を済ませ、当分の間、記事更新を休止する事と致しました。 いつかまた、記事更新を始め、読者の方とお会いできる日を楽しみにしています。 新サスケ 21Aug2020
初期小説「底流」の(2-5) 彼が二年生になって夏休みが近くなったある日のことである。彼は担任の先生から、他のクラスの1人の女生徒へ用事を言伝てられた。初めてその教室を彼は訪ねるのだった。ドアに近い机の椅子に座っていたのが、ほかならぬ大麻生令子だった。彼女は前の席の女生徒と話を交していた。彼は一寸ひるんだが、「ちょっと。」と声をかけた。彼女は長い髪を振って、顔を上げた。あいかわらず目が大きかった。これまでの愉快な話の余波なのか、目に笑いを見せて、彼の次の言葉を待っていた。「ちょっと―さんを呼んでもらえないかな。」と頼むと、彼女は立ち上がって、その女生徒のいるらしいあたりへ、大きな声で何回も呼びかけた。 ドアから退がってその女生徒が出て来るのを待っているあいだ、...24Oct2019
初期小説「底流」の(2-4) 彼がバケツを片手に提げて中庭の道を帰りかけると、向うから女生徒二人が何やら話しながらこちらへ歩いて来る。彼は女生徒たちと正面から擦れ違うのは苦手であった。彼の苦しみの一つと言って良かった。近づいて来る二人が、大麻生令子とその友だちだとわかると、彼はさらに不機嫌になった。落ち着きのない視線を、石畳に落としたり、花壇にやったりした。 いよいよ距離が縮まって、彼の目と彼女の目が合った瞬間、幕を垂らしたように周囲が暗くなった。晴天が、一瞬して闇となった。闇の中に周囲のすべてが、彼女の友だちさえも消し去られて、闇を背景に大麻生令子の姿だけがくっきりと映えた。異様な光景だった。彼女は笑っているようだった。大きな目や、口もとが確かに笑っていた。...19Aug2019
初期小説「底流」の(2-3) 小説「底流」の(2-3) 割り当てで彼は掃除に使ったポリ・バケツの濁った水を捨てに行かねばならなかった。把手を持ち上げると片手には重すぎて上体が引っ張られそうだった。階段を降りると狭い出入口をくぐって中庭に出た。空は青く晴れ渡って、外の空気は胸がせいせいした。古びた石畳の通路を歩みながら、彼は両側の花壇に目をやった。矢車草たちがひ弱そうに伸び上がって頂きに青紫や紅色の花をつけていたり、またある花壇には薔薇の赤や黄の鮮やかな花が葉叢から咲き出ていたりした。校舎の西の端にある足洗い場へ彼はバケツの濁った水をあけた。水道の栓をひねって新しい水がポリ・バケツに一杯になるのを待っているあいだ、彼は中学生の頃、父から借りて読み耽ったある種苗...08Aug2019
小説「底流」の(2-2) 小説「底流」の(2-2) 彼らが朝どやどやと市内バスに乗り込んだとき、彼は中学校で同級だった女生徒と顔を合わせた。「お早う」と彼女の方から挨拶したので、彼も軽く返事した。 彼が最も鬱ぎこんでいた頃、彼は一度廊下で彼女とすれ違ったことがある。そのとき彼女は何か言いたそうに彼の顔を見たのに、彼は目を伏せて避けた。彼はそんな気持はなかったのだが、二、三日後に他校へ進んだ同級生と一緒になると、彼女と会ったらお前が朝の挨拶さえせずに逃げるように行ってしまったと恨んでたぞ、と言われたものだった。 バスの奥の方に彼は席取った。彼女もあちこち物色していたが、最後に彼の席と通路ひとつ隔てた、ちょうど隣りの席に腰かけた。彼と同じクラスの女生徒が一人...28Jul2019
小説「底流」(2-1) 小説「底流」(2-1) 彼のクラスも女生徒が半数近くを占めていた。彼女たちは華やいだものを身につけはじめてていた。よく助平がかった話をする先生がいて、あるときクラス中の生徒の前で、「一応、君たちはもう一人前だよ。女の子なんかもうお嫁にゆける身体をしている。」と言ったことがあった。 彼女たちの中でも彼は一人の女生徒―大麻生令子―に目を止めていた。顔立ちは整っているが、可愛らしいというでもない。ただ目が大きかった。授業の合間の休み時間に、彼女が席に座ったままだと、彼は背後からよく注視していた。時々彼女が振り返って彼の視線に気づき、気がかりそうな様子をしたが、しかし彼はせいぜい目をそらすだけで彼女の心の動きには無関心な風であった。 彼は...21Jul2019
小説「底流」(1-2) 小説「底流」(1-2) 彼はぜいたくにも郊外バスと市内バスと二つを利用して学校に通っていた。近所には毎日自転車で通う上級生さえいたのだが。 夏のある日、彼は授業の終った後も適当に時間を潰して学校を出た。学校の近くの停留所でバスを待ったが、来るべき時刻を相当過ぎてもまだ来ない。彼と一緒の二、三人の大人も待ち飽きたらしく、バスが来るはずの道を遠くまで見遣ったりした。彼はたえず身体を揺らせなどしながら辛抱していたけれども、とうとう神経的にじりじりし始めた。 バスが来て乗り込んでからも、彼の一度昂った神経は平静に復しなかった。郊外バスのターミナル近くで降りて、大勢の人混みを眼にすると、今度は頭の中まで混乱して来た。ターミナルの建物を目の...19Jul2019
底流(1-1) 高校文芸部の年刊部誌「白房」1968年号(3年生時代?)に、僕が初めて書いた小説、「底流」を紹介します。当時、傾倒していた実存主義、新感覚派、新心理主義のごた混ぜと言えば、壮語でしょうか。「白房」に載せなかった、結末を付けます。 底流(1-1) 春の日の毎日々々は日の光に溢れてけだるく流れて行った。 高校に入学して一ヶ月くらいは、青空ばかり続いたようだった。 その後で雲行きが怪しくなった。彼はひどい憂鬱に陥って、毎日の生活が、ことに学校全体が何か薄暗いものに思えた。授業中の或る時など狂暴な発作めいたものに襲われながら、授業中なれば椅子から立ち上がる事一つ出来ず、前の席の生徒のうなじ、彼の目の前にじっとして動かないそれを憎々しげに...16Jul2019
広部英一氏追悼 僕が関わった同人詩誌「群青」第2号(2005年2月20日・刊)より、巻末の「広部英一氏追悼」を転載します。詩誌「群青」から、逆年順に転載して来た散文も、これでしまいです。 広部英一氏追悼 新サスケ 僕は高校生時代、文芸部に属していて二年生の時に、先輩の尽力でガリ版刷りの詩集を出す事ができた。その批評会にこれも先輩の尽力で、学外から広部英一さん、Kさん、Iさんを招待する事ができた。生徒会館の二階で開かれたその批評会で、Kさん、Iさんの一言ずつを覚えているが、広部さんの発言は覚えていない。そのあとでの全員写真が残っている。 そのあと、福井県立図書館の一室で毎月一回、広部さんが開いていた読書会に、文芸部の仲間と参加するようになった...10Jun2019
旧エッセイ「ビブリオマニア」 僕が関わった同人詩誌「群青」の、第5号(2006年2月10日・刊)に乗せたエッセイ、「ビブリオマニア」を転載します。 ビブリオマニア 新サスケ 「ビブリオマニア」という英語があって、「蔵書癖」「書籍狂」の訳語が出ているが、「愛書狂」という意味もあるらしく、この線で書いてみたい。 まず古本を買って来て値札を剥がす時、値札の端を爪で起こして引っ張ると、本が傷みやすい。ヘアードライヤーの熱風を当てて値札を剥がすと、糊が柔らかくなるのか、きれいに取れる。 また本が汚れている場合は、「キッチン・クイックル」などの洗浄紙で表紙や上下を拭く。あまりこすると、紙がけば立ってくるので、程々にしなければいけない。 本の帯が破れかけていたり、切れ...16May2019
追悼文 とびきりの笑顔 同人詩誌「群青」第8号(2007年2月15日・刊)より、同人・木下龍子さんへの追悼文を転載します。 とびきりの笑顔 新サスケ 木下龍子さんに初めてお会いしたのは、お互い高校生の時だったろう。「南信雄氏追悼」にも書いたのだが、高校文芸部員の時に他の部員と共に、仁愛女子高校文芸部の方たちと会った事がある。当時、木下さんはI・秀子さんと共に詩で活躍されていて、福井新聞に取り上げられ、また二人詩集「十七歳の詩(うた)」を上梓した。その場に木下さんは当然居られただろうが、僕にイメージの記憶は残っていない。木下さんもその時の僕を憶えていらっしゃらなかっただろう。 年月は過ぎて、福井県詩人懇話会などの催しの席上、彼女に会う事が多くあった...25Apr2019