彼が二年生になって夏休みが近くなったある日のことである。彼は担任の先生から、他のクラスの1人の女生徒へ用事を言伝てられた。初めてその教室を彼は訪ねるのだった。ドアに近い机の椅子に座っていたのが、ほかならぬ大麻生令子だった。彼女は前の席の女生徒と話を交していた。彼は一寸ひるんだが、「ちょっと。」と声をかけた。彼女は長い髪を振って、顔を上げた。あいかわらず目が大きかった。これまでの愉快な話の余波なのか、目に笑いを見せて、彼の次の言葉を待っていた。「ちょっと―さんを呼んでもらえないかな。」と頼むと、彼女は立ち上がって、その女生徒のいるらしいあたりへ、大きな声で何回も呼びかけた。
ドアから退がってその女生徒が出て来るのを待っているあいだ、彼は心の和んでいるのを感じた。
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