小説「底流」(1-2)
彼はぜいたくにも郊外バスと市内バスと二つを利用して学校に通っていた。近所には毎日自転車で通う上級生さえいたのだが。
夏のある日、彼は授業の終った後も適当に時間を潰して学校を出た。学校の近くの停留所でバスを待ったが、来るべき時刻を相当過ぎてもまだ来ない。彼と一緒の二、三人の大人も待ち飽きたらしく、バスが来るはずの道を遠くまで見遣ったりした。彼はたえず身体を揺らせなどしながら辛抱していたけれども、とうとう神経的にじりじりし始めた。
バスが来て乗り込んでからも、彼の一度昂った神経は平静に復しなかった。郊外バスのターミナル近くで降りて、大勢の人混みを眼にすると、今度は頭の中まで混乱して来た。ターミナルの建物を目の前にした四ツ辻の横断歩道まで来たとき、彼は無駄に大回りになる右手の横断歩道を歩き出した。何の目的があるでもない、ひとときの狂気が彼を駆ってそうさせたのだった。渡り終えると彼はかすんで来そうな眼でしばらく空を見上げた。空の青色は褪めていた。
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