小説「底流」(2-1)
彼のクラスも女生徒が半数近くを占めていた。彼女たちは華やいだものを身につけはじめてていた。よく助平がかった話をする先生がいて、あるときクラス中の生徒の前で、「一応、君たちはもう一人前だよ。女の子なんかもうお嫁にゆける身体をしている。」と言ったことがあった。
彼女たちの中でも彼は一人の女生徒―大麻生令子―に目を止めていた。顔立ちは整っているが、可愛らしいというでもない。ただ目が大きかった。授業の合間の休み時間に、彼女が席に座ったままだと、彼は背後からよく注視していた。時々彼女が振り返って彼の視線に気づき、気がかりそうな様子をしたが、しかし彼はせいぜい目をそらすだけで彼女の心の動きには無関心な風であった。
彼は一人の女生徒の美に惹かれる。すると当人や他人の目を恐れる心がそれを叱る。この争いが瞬時に起こるから、たとえば廊下で出会った女生徒に美を見つけると、彼は張っ倒されたような感じを持つことがあった。
しかし彼は教室で冷たい横顔ばかり見せていた。対象と距離を保ち冷酷な目で眺めなければ、対象の美は捉えられない。女生徒たちと気軽に振舞って楽しみを味わうか、遠くに居て美を眺めるか。彼は後者を選んだ。そうするように追い込まれたのだ。彼はあちこちに美を見つけえたにもかかわらず、不幸であった。
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