初期小説「底流」の(2-3)

  小説「底流」の(2-3)


 割り当てで彼は掃除に使ったポリ・バケツの濁った水を捨てに行かねばならなかった。把手を持ち上げると片手には重すぎて上体が引っ張られそうだった。階段を降りると狭い出入口をくぐって中庭に出た。空は青く晴れ渡って、外の空気は胸がせいせいした。古びた石畳の通路を歩みながら、彼は両側の花壇に目をやった。矢車草たちがひ弱そうに伸び上がって頂きに青紫や紅色の花をつけていたり、またある花壇には薔薇の赤や黄の鮮やかな花が葉叢から咲き出ていたりした。校舎の西の端にある足洗い場へ彼はバケツの濁った水をあけた。水道の栓をひねって新しい水がポリ・バケツに一杯になるのを待っているあいだ、彼は中学生の頃、父から借りて読み耽ったある種苗雑誌のことを思い出した。グラビアに載せられた薔薇や、菊や、サボテンや、その他の草花のカラー写真が目くるめくように彼を夢中にさせた。今、彼の家の玄関にはサボテンが幾鉢か放ったらかされてあるだけである。

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